【カツオ少年の足跡】
満豪開拓青少年義勇軍 カツオ16歳
●昭和18年
3月 実家のある町をを出発。茨城にある訓練所で農耕作業や軍事訓練を受けながら半年過ごす。
●同年9月 新潟港から朝鮮半島・羅津に上陸し
そのまま列車に乗り吉林省へ。雪のため農耕は出来ず、食用の豚を飼育する。
●昭和19年
正月 餅つきをして過ごす。
春 奉天の軍需工場へ移動。
日本人は街中を威張るように歩いていた。真似て威張って歩いた。
12月 B29の攻撃で友人数名が死亡。
●昭和20年
?月 工場を移動。物資がなく竹槍のようなものを作っていた。
8月 突然工場にソ連軍が入ってきて捕虜になる。2週間後に解放される。日本人であることを隠しながら、日本に帰るべく駅へ向かう。
? 引き揚げ船寄港の収容所は地獄絵図のようだった。引き揚げ船に乗り日本へ戻る。(昭和21年の引き揚げらしい)
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この冬、ベイは中国・東北地方を旅することに決めていた。カツオ少年の足跡を探すために…。
カツオ少年、それは10年前に他界したベイの祖父である。祖父が戦時中、中国にいたことは幼い頃に聞いた覚えがあった。ベイが小学2年のとき、祖父は寝たきりの状態となった。もともと戦争に関しては多くを語らない人であったらしいが、それ以降、中国の話を聞く機会はなかった。今回、祖父がいたらしいという吉林省を旅しようと決め、祖母に何か情報はないかとたずねた。そして、当時、祖父と同行したという人を祖母と母が探し出し、その方の回想記を手に入れたのだ。確かに、その回想記の中には祖父の名前があった。 まずは、カツオ少年が朝鮮半島に上陸し、乗せられた列車が中国大陸に入る北朝鮮との国境『図們』から旅を始めた。外はー20℃以下、ベイが乗った列車の窓枠も写真のように凍っていた。窓の外の風景はどこか雪どけ近い地元に似ていて、カツオ少年もこれを眺めたのか…と思いながら旅は始まった。
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